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スウェーデンのコロナ対策

スウェーデンのコロナ対策

9/14放送の報道ステーション「スウェーデン制限撤廃へ…キーマン語る“共存”」は衝撃的な内容でした。スウェーデンはコロナ禍においても一貫してロックダウンを行わなかった国です。スウェーデンのコロナ対策は、大人数で集まってはいけない、ソーシャルディスタンスを取る、消毒とテレワークの推奨、くらいで学校も閉鎖されなかったのだそうです。当然ながら感染者も増えたのですが、GDP(国内総生産)は、前の年に比べ10.5%と大きく増加し、コロナ前の水準を上回り、経済・社会活動の再開は着実に進んでいるようです。日本では考えられない出来事が起きているなあと思いました。スウェーデンとはどんな国なんだろうか?と以前から思っていました。

スウェーデンでも当然のように「ワクチン打っても、コロナにかかる人はいるし、万能薬ができているわけでもないし、規制が緩むと、どう考えても感染者は増える」と考えられているのですが、「コロナは今後もまん延する」と社会が認識し、受け入れ、「コロナは新たな“一般疾患”である」と社会が捉えているというのです。一般疾患とは、感染症でいえばインフルエンザのようなもの、 生活習慣病でいえば糖尿病や高血圧症といったものの一種であるという認識です。コロナを新たな“一般疾患” と捉えるというのは日本人にはない感覚だと思いました。番組ではこのような考え方を、“ニューノーマル”という表現で紹介していました。

スウェーデンではなぜそのように考えることができるのか?一言でいえば、日本人とは死生観が違うのだそうです。

スウェーデンでは例えばコロナで亡くなった90代の老人と10代の少年がいた場合、10代の少年はコロナが原因で死亡したと捉えるのですが、90代の老人は老衰で死亡したと捉えるという話を聞いたことがあります。老衰とは「 生体が老化し、全器官・組織に老人性退行性変化が進んで衰弱した状態 」です。死というものの捉え方がわれわれ日本人とは明らかに違います。

日本では、上記と同じケースでどちらか一人しか助けることができない医療状況だった場合、どちらを延命させるかは簡単には結論が出ません。もしかすると90代の老人の方を延命させるかもしれません。おそらくスウェーデンでは、迷いなく10代の少年を延命させるのだと思います。スウェーデンの“ 平等な医療 ”は、日本の “ 平等な医療 ” とは違うということです。その方が、持続的な社会にとって理にかなっている、ということなのだと思います。どちらが良いとか悪いとかの問題ではなく、死生観の違いだということを再度強調しておきます。

何度かコラムで当社の理念を書いていますが、当社の理念は死生観や幸福論の追求がベースとなっています。スウェーデンの死生観は、私自身にとってもいろいろと考える材料を与えてくれるもので、今後も探求していきたいなあと感じました。