<前編>選択する、決定する、捨てる能力(新規事業人材の能力-4)
新商品を開発したり、新規事業にトライしたり、“新しいモノやコト”を生み出す仕事は楽しいものです。そのとき私たちは多くの場合、すでにそこにあるもの(人、物、金、情報、時間)を材料として“新しい価値”を生み出そうとします。その無数にある材料の中から、材料をどのように選択し、どのように決定し、どのように捨てればよいのでしょうか?この新規事業人材の能力について、3回にわたり考えてみたいと思います。
私がコナミの音楽制作部のアシスタントディレクター(以下、AD)として入社した時、上司のディレクター(以下、D)のデスクには、作曲家や編曲家(以下、クリエーター)から送られてきたデモテープが山積みにされていました。テレビやドラマで見たことがある“乱雑なDのデスク”を、まさに目撃することになります。汚いなあ、もっと整理したらいいのに、と思う反面、そのデモテープの山を見て「やっぱりDってかっこいいなあ」と思ったものです。外出中の上司Dから「作曲の○○さんのデモテープが、左から2番目の山の上から4つめにあるから、譜面に起こしておいて」(AD当時、私は、カセットテープの音楽を聴いて楽譜にしていくという作業をしていた)と電話で指示されたりするのですが、そのカセットテープのある場所がよくわかるものだなあと感心したものです。Dの頭の中には常にクリエーターのリストがあり、各クリエーターの得意なサウンド、特徴的なメロディーやコードアレンジなどがインプットされていて、新曲を作るときにどのクリエーターを起用するかを選択しているのです。
数カ月して私もDになり、いつしか私のデスクもデモテープに埋もれていきます。当事者になってみて分かったのは、“乱雑なDのデスク”なんていうものはかっこいいものではなく、単に片づけられずにほったらかしにされているのだということに気が付きます。なぜほったらかしになるのかというと、めちゃくちゃ忙しいからです。当時は10曲の楽曲制作を同時に進行したりすることがよくありました。作詞家、作曲家、編曲家、ミュージシャン、録音エンジニアをはじめとするスタッフが10曲とも違うので、毎日掛け持ちでいくつかの録音スタジオをハシゴすることも珍しくありませんでした。当時私は、どうやってあれだけの数の楽曲制作ができたのでしょうか。どうやってあのデモテープの中からそのクリエーターを選択したのでしょうか。どうやってその現場スタッフを選択したのでしょうか。
新曲を作るときにはさまざまな選択が行われますが、私が行った各選択は、私の直感だけに頼って行ったわけではありません。なんらかの選択の基準があったと考えた方がよさそうです。それぞれみていきましょう。
まずは、楽曲のコンセプトやテーマを選択します。恋愛をテーマにするか、友情をテーマにするか、夢をテーマにするか、などです。私のチームはラブソングを作るチームでしたので、必然的に恋愛がテーマになります。次に、ラブソングの中でもハッピーなテーマにするか、失恋をテーマにするか、などを考えます。たとえば失恋なら悲しい曲調にするか、敢えて明るい曲調にするか、聴いてくれた人を泣かせたいのか、前に向かって一歩を踏み出してほしいのか、などを考えます。そのためにはどのクリエーターを選ぶか、そのクリエーターと相性が良いスタッフは誰か、を考え、そのあとに予算を考える、という順序でした。まずはコンセプトありき、だったのです。この選択の基準や、選択の順序が各Dのオリジナリティーとなります。まずは選択の基準(テーマ)をはっきりさせることがポイントです。
Dを数カ月経験すると選択の順序が変わってきます。駆け出しDの頃は、まわりも自由にやらせてくれたりするので制約がなくのびのびと仕事が出来ていましたが、だんだんとそれも許されなくなってきます。まずは予算ありき、からコンセプトを考えることが多くなってきます。企画の通りやすさや費用対効果を考えるようになります。このように書くと、だんだんとつまらないDになっているようにも感じますが、出来上がった楽曲を聴きなおしてみると、後年の方が良い場合が多い印象です。それでも初期作品の中でキラッと光るものがある場合があります。キラッと光る楽曲はどのような状況の中で作られたのかを思い返してみると、どうも時間がない中で追い詰められて作った楽曲であることに気が付きました。
人、物、金、情報、時間という経営資源は多い方がいいという意見がありますが、私の場合は、選択肢が少なく制約が多い方が切羽詰まって良い結果を生み出す可能性が高いようです。多すぎるとかえって選択できなくなったり、選択に時間がかかってしまうというようなことが、みなさんにもあるのではないでしょうか。どのように選択するか、も重要ですが、どのように素早く選択肢を絞るか、は時間に限りのあるビジネスの上では重要なポイントです。素早く選択肢を絞るためには、やはり自分の中に基準(テーマ)をしっかり持つことが重要なのです。
選択が素早くできても、決定できなければ何にもなりません。たとえば、2日後に子供の運動会があったとします。そのために新しいカメラを買おうとして店に行くのですが、どれを選べばよいか分からないぐらい数が多くて迷ってしまう。とりあえず2種類まで絞り込んだものの、どちらも優劣付け難く、その日はとりあえず買わずに家に帰ることになる。運動会前日になってまた店に行き、2つのうちどちらを買うか考える。結局それでも決め切れず、運動会にカメラを持っていくことができなかった…。
この話は、どちらのカメラを買うかということにこだわりすぎたために、最も大事な「子供の写真を撮る」という目的に辿り着けなかったという笑い話ですが、新規事業においてもよくある失敗事例です。AプロジェクトとBプロジェクトの優劣付け難い案件のどちらにゴーサインを出すか決め切れないという、幹部会議などでよく見られるケースです。これは、新規事業で達成しようとする目標やテーマが、幹部間で共有されていないことが原因となっていることが多いようです。幹部の仕事は「選ぶ」ではなく「決める」なのです。