幹部をどう育てるか(経営者と幹部の対立について)
前回に続き、今回は経営者と幹部の対立について考えてみます。
帝国データバンク2020年11月発表の全国企業「後継者不在率」動向調査によると、65.1%の企業が後継者不在なのだそうです。これは65.1%の企業で後継者となる幹部育成が出来ていないということを表しています。経営者と幹部の対立のため、幹部候補社員が途中で辞めてしまっているというケースも相当数あるのではないかと推測しています。
中小企業では多くの場合、経営者がその社員を気に入っているかどうかが幹部候補の人選基準となります(もちろん全ての会社がそうだと言っているわけではありません)。特殊で秀でた専門知識を持っている社員は別として、自分よりも優秀な社員を幹部に登用する経営者はほとんどいないというのが私の実感です。自分より優秀な人材は会社にとって有用な存在なので、辞められては困ります。辞めさせないように現場の要所ポイントのみを任せるリーダー格として働いてもらうような人事配置にします。経営者が、側近として会社全体のマネージメントを任せるのは、やはりお気に入り社員になります。経営者も人間なので、自分より優秀な者に対する嫉妬心や恐怖心などが、このような処遇をしてしまうというのは理解できるし、経営者との対立をつくらない事前防衛策としては有効な人選方法とも言えます。選んだ幹部候補社員にはまず管理職を任せ、力量や人望の有無を見極めます。ときには厚遇したり褒めたりしながら大事に育てた社員が、幹部になった途端、牙をむいてくる。恩を仇で返すようなこのような幹部の振る舞いは、経営者にとってほとんど理解不能です。「目をかけてやったのに!」という感情が幹部に向けられ、鋭い対立になっていき、最後には幹部は会社を去っていきます。
このように経営者と幹部が対立してしまうのはなぜなのでしょうか?『人望』と『人徳』というキーワードから考えてみます。
幹部に必要な資質のひとつに『人望』があります。トヨタが人事評価に『人望』という項目を入れているのは有名な話です。『人望』とは、「この人なら何とかしてくれる」とか「この人の下で働きたい」など、その人に向けられる期待感のことです。『人望』は集めることができます。『人望』を集めることはスキルやテクニックの一種であり、『人望』を集める力は研修などによって強化することができると考えられるので、体系的に『人望』を習得できる幹部教育の実践がとても重要なのです。
では『人徳』とはなんでしょうか。『人望』とは違い、『人徳』は集めることができません。『人徳』は磨いたり高めたりするもので、いわば正しく善悪の判断をして、正しく振る舞うことができる人間性のことです。政治家の選挙などは分かりやすい例です。票を集めること(『人望』を集める)と、政治家としての立派さ(『人徳』がある)は、別のものです。経営者に最も求められるものは『人徳』なのです。
一般社員の頃には分からなかったが、幹部になってはじめて経営者の素の『人徳』の在り様を見て、がっかりする幹部が少なからずいるのです。もともと優秀な彼らは「こんな経営者にはついていけない」とすぐに悟りますが、最初のうちはそんな素振りは一切見せません。ところが、すでに臨界点を超えてしまっている、幹部の“経営者を見限る心情”が、あるとき何かの拍子で「経営者に物申す!」という事態を発生させ、その時点からどんどん対立がエスカレートしていきます。
もし経営者に『人徳』があれば、経営者以上に『人望』を集めることができる幹部であっても、経営者以上に秀でた専門知識を持っている幹部であっても、経営者を尊敬し、会社を愛し、ついてきてくれるはずです。幹部をどう育てるか?とは、突き詰めていけば、経営者はどのように『人徳』を高めるか?という問いに突き当たります。このことを経営者の皆さんにはあらためて心に留めていただきたいと思います。