「部下が付いてくる上司」を武道的視点で考えてみる
どのようにして部下のやる気を引き出し、売り上げ達成などの目標をクリアするか?そのための理論やスキルとして、マネジメント論、リーダー論、コーチング、動機づけ法、評価法などさまざまなものがあります。今回は、管理職やリーダー職の方々の重要な関心事である「部下が付いてくる上司」について武道的視点から考えてみます。
上司の立場の方は、部下に付いてきてもらえるような上司になるために、本を読んだり、研修に参加して理論やスキルを学んだりしていると思います。一方、部下はどんな上司に付いていきたいと思っているのでしょうか?残念なことに、素晴らしいマネジメント理論や、部下のやる気を引き出すテクニックを備えた上司に付いていきたい、と思っている部下はそれほどいないのではないかと思います。優秀でない上司よりは優秀な上司の方がいい、というぐらいのものではないでしょうか。「優秀さ」という物差しでは、人の心は掴めないということです。
ところで、マネジメントには“平時のマネジメント”と“有事のマネジメント”があります。リーダー職向けの一般的な研修やセミナーは、どのようにしてチームで目標や売り上げを達成するか、という“平時のマネジメント”内容となっていることが多く、“有事のマネジメント”については、総務部門や危機管理室スタッフ向けになっている印象があります。一般リーダー職の方にも、ぜひ“有事のマネジメント”について学んでいただきたいと思います。ところが、こういった研修で学び作成した「経営危機マニュアル」「事業継続化計画(BCP)」が、有事の際に役立つことはほとんどないように思われます。なぜなら、マニュアルにない事態こそが有事だからです。私たちは、こういったマニュアルでは想定されていない状況になったとき、どのようなマネジメントをするか、ということにもっと注力するべきではないでしょうか。
“有事のマネジメント”では、「判断力」「臨機応変の対応力」「人間性」といったいわゆる「人間力」が重要視されます。「海外への赴任命令を受けた」「新規事業の担当に任命された」という管理職やリーダー職の方は、この機会を“有事のマネジメント”力を身に付ける絶好のチャンスだ、というふうに考えていただきたいと思います。さまざまな困難が待っていると思いますが、このような困難を潜り抜けてきた人たちの人間力は確実に上がります。
それでは、このような機会に恵まれなければ人間力は上がらないのか、というとそうでもありません。武術や武道の稽古で、敵を想定するということをしますが、これを応用して、合戦や戦場の場面をイメージするだけでも充分、人間力向上トレーニングの効果があります。
自分の部隊が敵に囲まれ絶体絶命のピンチになった状況をイメージしてみてください。このような、前にも後ろにも進めない、どこに敵がいるかわからない、という緊迫した状況の中、指揮官であるあなたは「こっちだ!付いてこい」と号令を出すことができますか?また、あなたにはなぜ「こっち」の方角が安全だと分かるのか?このような場面では、状況把握力、状況分析力、直感力など、人間が持つあらゆる力を総動員しなければなりません。ほとんどイチかバチかという賭けのようなギャンブル強さや運の良さ、ビビっている部下を勇気づけるハッタリも必要かもしれません。あなたの決断で自分たちが助かるかどうかの確証はありませんが、それでもフリーズすることなく、部下に進む方向を示さなければならないのです。
一方、部下の立場でこの部隊に居た場合、「こっちだ!付いてこい」と言う指揮官に私たちは付いていけるでしょうか?部下は、「この指揮官に自分の命を預けることができるか?」といった非常にシビアでリアルな判断を迫られることになります。言いかえれば、部下にはその指揮官の実力を見定める力が求められます。このときの部下の思考回路や心理状態を把握し、コントロールできる能力こそが“有事のマネジメント”力だと、私は考えています。そして、遠回りかもしれませんが、このような“有事マネジメント”力が向上しない限り、いつまでたっても“平時マネジメント”力は向上しないのではないかと考えています。
歴史上、信長や秀吉、家康といった指揮官に命を預けて戦場に出ていった多くの武将がいます。指揮官と一緒に修羅場を潜り抜けたこともあるでしょう。武将たちの心理は、本当のところ、どのようなものだったのでしょうか。指揮官の人間性や報償に魅了されて、という理由もあったとは思いますが、そのような理由で本当に命を預けることができるでしょうか。
実際は、「この指揮官に付いた方が命やお家が助かる可能性が高い」とか「この指揮官に付いていかなければ今後冷や飯を食うことになるかもしれない」といった、人間の生存本能に訴求しているからこそ「部下が付いてきた」というのが真実で、現代ビジネス社会でも現実的にはこのような心理が部下には働いているのだと考えるのが妥当です。部下自身は、そのような心理で自分が動いていることに気づいていなかったり、「そのような考えは美徳に反する!」と否定するかもしれません。ですから、美徳に反していないように演出する工夫は必要だと思います。
そういった意味で「部下が付いてくる上司」には、“有事のマネジメント”力が不可欠なのです。このような“有事のマネジメント”力を持った人物に対しては、経営者は高い報酬や処遇で応えなければなりません。これが「幹部が付いてくる経営者」であり、このような組織こそが、力強く安定した経営を続けられるのではないでしょうか。