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<後編>ビジネスで目利きできる能力(新規事業人材の能力-3)

<後編>ビジネスで目利きできる能力(新規事業人材の能力-3)

前回のコラム、「<前編>目利きできる能力(新規事業人材の能力-3)」では、目利きにおいてAIが代用できること、人間にしかできないことについて書きました。今回は、無限にある “アイデアの種”の中から、どのように“アイデアの種”を目利きして選択するのか、について、ブリコラージュという概念を取り上げてみたいと思います。

余った木材や拾ってきた木片を使って、椅子やら机やら棚やら、器用に何でも作ってしまう人がいます。また、冷蔵庫の中に残っている余りの食材や調味料を使って、器用に美味しい料理を作ってしまう人がいます。このような人たちをブリコルールといい、このような作業をブリコラージュといいます。ブリコラージュとは、何かを作ろうと意図して収集されたものではない、形、材質、用途などがバラバラの材料を使って新しい価値あるモノを作り出すことです。

ビジネスの場に目を向けてみると、日の目を見なかったアイデアの種、売れ残った在庫や規格外の商品、応えきれずにほったらかしにしている顧客のニーズ、集計しただけで活用されない統計データや各種情報、無駄に見える業務など、一見価値がないように見える材料が転がっていることが分かります。新規事業人材は、これらの材料を利用して新しい価値を生み出し、カタチにすることが上手なブリコルールなのです。

前回のコラムで、目利きの構造とは「正解がはじめに存在し、それに辿り着くための様々な検証や取捨選択を行うプロセス」 ということを説明しましたが、新規事業においては最初に常に正解(確からしい正解)が存在するとは限りません。新規事業人材は、無数にある材料の中から、どうやって目利きをして、どうやってその材料を選択するのでしょうか?どうしてその選択肢が正解だと分かるのでしょうか?実は、新規事業人材も試行錯誤や失敗を繰り返しているのですが、正解に辿り着くスピードが速く、かつ、正解に辿り着く確率が高いように見えます。また、失敗してから立ち上がる力が強いようにも見えます。「BEST」な選択ではなく「BETTER」な選択を重ねて完成形をどんどんブラッシュアップしているようです。このように、試行錯誤の経験を繰り返すことによって、100回試して1回成功する、から、50回試して1回成功する、10回試して1回成功する、というように目利きの精度を上げていくことは可能だと考えられます。

そういう意味では、ビジネスという場は多くの場合は失敗が許される環境ですが、武士や兵士といった人たちには失敗が許されません。失敗、即、死です。このような極限状態の人たちの目利き、いわゆる生死を決する行動の判断(動くと斬られる、とか、戦場での前進か後退かの判断など)については、武道家で思想家の内田樹先生が、著書『武道的思考』でたいへん興味深い示唆をしておられます。

『真に危機的な状況というのは、「どうふるまっていいか」についての実定的な指針が示されない状況のことである。けれども、それを生き延びなければならない。そのためには、「清水の舞台から飛び降りる」ような決断をしなければならないのだが、あんなところからむやみやたらに飛び降りたらもちろん首の骨を折って死んでしまう。「清水の舞台から飛び降りる」ことができるためには、「セーフティネットが張ってある場所」めざして飛び降りることができなければならない。もちろん、舞台の上からはセーフティネットは見えない。見えないけれど、見当をつけて「このへん」と飛び降りることのできる人間だけが、生き延びることができる。針の穴ほどの生き延びるチャンスを「先駆的に知っている」ことがどれほど死活的であるか、私たちはあまりに豊かで安全な社会に暮らしているために、すっかり忘れてしまっている。けれども、そのような能力はたしかに私たち全員に潜在している。それを開発する努力をしているかいないか、開発のためのメソッドを知っているかいないか、その違いがあるだけである。』

内田先生は、正解として「先駆的な知」というものがあると述べており、その正解に瞬時に確実に到達するために、「気の感応」とか「気の錬磨」を行う武道という開発メソッドがあると述べています。この場合でもやはり、稽古や訓練を積まなければならないというのは同じだと思います。私などにはなかなか到達できない境地ですが、これは何か決定的な示唆をされているようにも感じます。そのような世界があるのだなあと常に心に止めておこうと思っています。

著者 内田 樹
出版 ちくま文庫